巡礼の夜

どこか静謐なる道程を、歩いているように感じる。新しい土地を踏む時、しかし同時に何かをなぞるような既視感も漂う。清くも古いいつかの約束を果たすように、また今を刻む一歩でもあるように、二重螺旋の階段を少しずつ進む。遺伝子に組み込まれているよう…

月の砂漠

私が想いを馳せる時、脳裏をよぎるのは何故かいつも、焦熱の砂丘だ。旅する商人が初めて出逢ったようなスパイシーな香りと、異国の地の音楽。夜の深間に陶酔し、乾いた砂に高揚する。焼けた肌の下に流れる紅い生命は、揺らめく暑さの中で脈動する。枯渇した…

線香花火

iPhoneが壊れた。データが消えた。からっぽのそれをバッグに入れて乗った銀座線、ささやかな喪失感と、少しの自由の間で揺れていた。冷えきった地下鉄の中。近付いたと思ったらまたすぐ離れてしまうように。瞬きをして、また捜すように。夏の足音が聞こえて…

Good shoes take you to good place.

読むことも書くこともせずに、教えることに専念していた数ヶ月。自分を追い込むことと、そこで発揮できる何かを見つけようとしていた。OFFに履きたい真っ白のビーチサンダルは、まだその出番を待っている。現場にはリアルな「日本の今」がある。メディアでも…

とある小さなクロニクル

色褪せた庭に、そっと花を植えてくれた人がいた。光と影のバランスが変わり、色と色の縁取りが際立つ。Cm7のような心地良い響き。ジョハリの窓が開いていく。全ては必然で、寸分の狂いもなく天体観測のように廻り巡る。けれど其れは、あたかも偶然のように巻…

『人魚 』 2

そんな彼も今は何処にいるのかわからない。けれど夜な夜な繰り広げられた、どうでもよくて、とりとめもなくて、根拠もなければ結論もない会話は今も思い出す。「人間がサルから進化したって本当かしら?」「僕は違うと思うよ」「どうして?」「歴史の教科書…

『人魚 』1

ジャズが流れるさびれた酒場。ところどころ、裂けた布地が繕ってある深紅のビロード張りのソファ。安い酒の臭い。ガラスの灰皿。ジッポのオイル。甘い煙のシガレット。私は全身ずぶ濡れで此処に辿り着いたが、この黒くて身体に張り付くワンピースも髪の毛も…

Light

言い忘れたことがある気がして、それを捜す為にライトをつける。けれどそれは人工的採光。 薄ぼんやりしていても、自然発光には無言で共有できる感情がある。そして夜の光は、どれも潤んで見える。俯瞰している私の、心の状態が写されているからだ。なんでも…

素数というメトニミー

ある記号が何かの意味を持つ時、其れを所記と能記の恣意的関係という。言語は、文字の無数の配列に規則的な恣意性を含ませたもので、概念の枠を生み出す。然し意思疎通の道具である筈の記号は、使えば使うほど本質と離れていく時がある。煩雑かつ無常な施行…

路地裏にて、箱を開けたら。

まばたき。その瞬間に、揺れる概念。揺さぶられる一瞬の潤む感覚。遠くから聞こえる声。何処に行けば良いかは解っている。傷ついた身体は、癒しを求めてまるくなる。小さく小さくまるくなる。重なった時に行き場を失くした思いを、痛感した自分の幼さを、弱…

eye

みることはみつめること。みつめることはしること。しることはきづくこと。きづくことはすすむこと。すすむことはあたらしいこと。あたらしいことははぐくむこと。はぐくむことはやさしいこと。やさしいことはすなおなこと。すなおなことはよわいこと?よわ…

夜の唄

夕方のこと。テレビから懐かしい曲が聴こえてきた。これは父が大好きだった曲だと突然思い出した。遠い昔、洋間にあったボルドーのグランドピアノ。ウィスキーを片手に薄暗い間接照明の元、父は夜にピアノでこのメロディーをなぞっていた。私は耳を澄ませて…

観覧車に乗せた忘れ物

私は、自分の不甲斐なさと闘う。もしも明日私が消えてしまっても、誰も困らなければ良いと思う反面、誰かには気づいて欲しいとも思う。居場所に依存したくないと思う反面、何処かに拠り所が欲しいとも思う。自分の不甲斐なさを噛み締める。奥歯が軋むほど、…

言葉論(デュークの庭編)

犬のデュークは散歩が好きで、飼い主が連れて行ってくれるお気に入りの原っぱがある。デュークはよくその原っぱへ行き、ハーネスを外して貰い、自由に遊ぶ。原っぱは陽当たりが良く草の匂いと穏やかな風に満たされ、妨げ無く走り回ることが出来た。飼い主は…

prelude

例えば、指と指が絡み合うだけで溢れ出す感情が在る様に、音と音が絡み合う事で何処までも深まって行く音響的調和が在る。時間を追いながら編まれて行く主旋律は、時間が止まったかのごとき心地良さを同時に紡ぐ。みぞおちを疼かせる渦。脳内神経を溶かす真…

テンスとアスペクト

高層ビルのエレベーターが上下しながら営む様々な陰謀。都会の目論見は人の本質を覆い隠す。真偽は何時もコートの中で、膨らんでは痩せ細る。些細な呟き、僅かな視線の逸らし方、行間にある無言の圧力。そうして目が覚めた午前5時には、ささやかな失敗と安心…

アメ ト サダメ

【失語症】● 何を尽くしても信じて貰えない時に陥ってしまう事。● 沈黙。【失明】● 私が抱えている爆弾。● 色の無い世界。そして、明けない儘でも良いと思えるような夜の帳を手繰り寄せる。もしも私が光を失っても、言葉は残ると思っていた。しかし言葉でも…

ginger ale

いつからか、境界線のあっち側に行った気がしていた。それを私は辿り着くべき場であり、辿り着いた場だとも思っていた。社交辞令的世界観は、私にあどけなさを失わせようとしていた。しかし未だ、幼さと成熟の狭間でくすぶっている自分がいる。次々に弾ける…

7秒のシナリオ

思わず泣きそうな日は、家を出る時に伊達メガネをかける。すると世界はフィルターを通して私から一歩遠ざかったようで、無感覚を装える。本当は今のうちに見ておきたいものがたくさんあって、色彩豊かな心情は胸を弾ませるけれど、いつも肝心なものはサーチ…

水風船

明け方の水の中は、何の音も聞こえなかった。だから、君が口走った言葉も聞き取れなかったんだ。思春期と反抗期の間喧騒と静寂の間安定と不安定の間平穏と刺激の間期待と諦めの間柔らかさと硬さの間気丈さと儚さの間得る前と失う前の間自発的と自然発生的の…

エルミタージュの900日。

人は、何を得た時に心が満たされるのか。1941年のサンクトペテルブルクを想いながら、こんな疑問を持つ。「900日の包囲」は悲惨な史実として知られている。兵糧攻めにあい、平常心と理性を失う瀬戸際を行き来する900日は想像を絶する過酷さだったであろう。…

flow

地下鉄に反射する蛍光灯。凍えたか細い手が、空を切って行く。否応なく課せられる現実と。知る術など無い真実に。如何足掻いても得られぬ信頼が有るなら、私が重ねて来た言葉の意義は何処に有るのか。構築はかくも難しく、積み木崩しなどしたく無いのに。表…

the free birdcage

枠に押し込まれる事に、窮屈さを感じるようになった。人生は選択の連続でたまに混乱してしまうこともあるけれど、最終的には本心に従ってこそ見えてくるものがあると思う。そうして見つけたブレない軸があれば、多少の迷いや鬱屈も越えていける気がする。型…

10月、雨、その証。

ある作家と音楽家の対談を読んでいたら興味深い一言に出会った。『耳が良くないと、面白い文章は書けない』表現力や描写、テーマとは別に、文章には心地良いリズムが必要だと。そのリズム、流れがないと物語は前に進んでいかず、そこに書かれていることも読…

不完全な裏の裏

ブログを始めて一周年。誰が読んでくれているのか、全くわからないまま書き続けた。インターネットは不特定多数の人が閲覧できる。そこにはメリットもデメリットもあって、この1年は様子を見ながらの記事だった。自分の揺れ動く感情については思いきり書いて…

meeting point

いらない靴を処分した。ブルーレイレコーダーの中に溜まっていたデータを整理した。化石のように眠っていた本やCDを処分した。英字新聞の購読をやめた。進展のないものを追うこともやめた。新しい勉強を始めた。運動も始めた。ラヴェルからショパンに移行し…

present for…

プレゼントは、贈る時も頂く時も迷う。好みの違いもあるし、気遣いなのか思いやりなのか恐縮してしまうこともある。けれど『時間』とは、たいてい誰しもが大切にしているもののひとつであると思う。仕事の時間。食事の時間。休む時間。はしゃぐ時間。ひとり…

パラダイムシフト

アメリカの動物学者エドワード・S・モースは明治時代に来日し、東京大学の教授として大学の社会的確立に尽力した。彼らのように明治維新に貢献した外国人たちは、急激な近代化による日本の文化や伝統の消滅を危惧していた。欧米の産業革命と同じことが起こる…

夜の言葉探し1800

旅行先で購入した写真誌がお気に入りだ。静けさを求めるような夜に、よく眺めている。私は気に入ったものを何回も見る傾向がある。気に入った写真、気に入った映画、気に入った曲。執拗かもしれないが、毎回違った観点や気分を味わえるという意味では洞察の…

瑞々しい可能性

歩いていてふと見上げたガラス張りの高壁に目が留まる。しばし立ち止まって読んでみた。ここに書いてあることは、なにか、可能性という瑞々しさを私に感じさせた。ぜひ、読んでみて欲しい。