鰓呼吸
例えば、朝になったら私物が全てなくなっているような狂気。そのような感覚に、きっと今も怯えているのだと思う。
何も言わないことを覚えた私は、大人になったのだろうか。結局、言いたいことは言えないし、聞きたいことは聞けないのだ。濁った水の中で、静かに溺死していく魚の目。私の目は、たぶん、魚の目。
今年になってから、残り時間を数えるようになった。待つことが美徳か、待たないことが算段か。将来をくすぶっている本質は何処にあるのか。刻一刻と何かに疲れ、滅入る日常が、いつかの想像をあまりにも美化する。ヘアブラシに絡まった髪の毛に、まるで澱のような時間の蓄積を感じる。さらさらと流れていくようで、留まり続けている。足元が、泥水に埋もれてゆく。
いつから言葉を失ったのだろう。
それは何かと引き換えだったのか。
魚の目は閉じることなく、濁った水の行方を追う。
鰓呼吸が、ときどき苦しくなるのだ。