遺書

責任を取れとあなたは言いました。

死をもって、償おうと思います。

 

もしも生まれ変わったら、またあなたを愛そうと思います。

もっと素敵な人間になって、出逢えたらいいなと思います。

 

きっと、今の私では許してもらえないから。

それでもあなたを心から愛していました。

他の誰も目に入らないほどに。

不器用だったけれど、精一杯愛していました。

 

映画館で靴を脱ぐところ

植物が好きなところ

何でもすぐにやらないと気が済まないところ

歯ブラシをくわえたまま寝てしまうところ

足の指がかわいいところ

高いところが少しだけ苦手なところ

 

全部、私の中に焼き付けて逝きます。

 

私が悪いのです。

後悔しても遅いのです。

もう一度だけチャンスがあるなら、今度こそ、相手を思いやれる人間になりたいと思っていました。

 

最後までご迷惑をおかけしてしまうこと、本当にすみません。

 

今までありがとう。

いっぱい幸せでした。

早く元気になることを祈っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

始まりの鐘

悲しいときも、嬉しいときも、分かち合えたらよかった。

とりとめもなく語り合って、ふけていく夜を楽しめたらよかった。

会話は情報交換でも事務連絡でもないって誰かが言ってた。

無言が放つ闇は、明日よりも怖かった。

寝息が規則正しく時を刻んでいた。

言葉は何度も飲み込まれ、あるいははじめからゼロだった。

 

いつだって矛盾している。

後悔ばかりで打ちひしがれている。

心は泣いている。

でも大切なことを教えてくれている。

 

言葉にならない想いを伝えられたら。

また明日を迎えられたら。

その温かい手に触れられたら。

 

始まりの鐘が鳴ったら、ここに誓いたい。

病める時も、健やかなる時も。

富める時も、貧しき時も。

あなた

一人の夜は、あなたのことを思い出す。

 

一緒に海へ行ったこと。

面白い写真を撮って笑ったこと。

大雨に降られて立ち往生したこと。

おいしいものを食べたこと。

私と出かける時には洗車してくれること。

お揃いでビーチサンダルを買ってくれたこと。

熱が出た時、看病してくれたこと。

お花をプレゼントしてくれたこと。

ラーメン屋の行列に並んだこと。

大きい植物を買って、担いで帰ったこと。

バーでお酒を飲んだこと。

いつもとなりで眠ってくれたこと。

 

あの曲の歌詞みたいに、

うまい言葉がみつからない。

いつかの日が来るって、

でも今じゃないって思いたい。

もしもあなたじゃなかったら、

こんなふうに思わない。

もし神様がいるなら、

どうか教えてください。

 

夏の雨が、不安になるくらい降るから。

どうしていいかわからない。何もできない。

おなかが痛くて、

何も言えなくて、

頑張らなきゃって、

震えながら、

朝を待ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日乗った電車に、蝶が乗っていた。

その蝶は人と人の間に立ち、静かに静止していた。次の駅で、ご老人がそっと蝶を掴んで降ろしてやったら、蝶はひらひらと飛んでいった。急行列車だった電車は、蝶を3駅先まで運んだ。降り立った蝶はベツノセカイで生きていくのだろうか。しかし蝶はまるで、人が化けたかのような優雅な振る舞いだった。あらかじめ下車駅を知っていて、当然そこで降りたかのようだったから、きっと生きていけるだろう。

 

私と蝶は、切っても切り離せない関係だ。

いつか行きたい場所にも、無数の蝶の壁画があるとかないとか、どちらの噂もある。

 

どこかに行きたいのに、いつもブレーキがかかるのはなぜなのか。私はきっとどこへでも行ける。電車に乗れば、どこへでも運んでくれる。大人なのだから、一人で行ける。なのに鎖に繋がれたように足も身体も重い。心と身体は一体なのだと、今更のように気づく。一体なのに、バラバラであることにも気づく。

私は蝶にはなれないのかもしれない。

蜘蛛の巣は既に、自分によって張り巡らされているのかもしれない。

自由に生きたい。

自由に行きたい。

でも空には暗雲が垂れ込めている。

そんな日には、蝶はどのように飛ぶのだろうか。

 

 

鰓呼吸

例えば、朝になったら私物が全てなくなっているような狂気。そのような感覚に、きっと今も怯えているのだと思う。

何も言わないことを覚えた私は、大人になったのだろうか。結局、言いたいことは言えないし、聞きたいことは聞けないのだ。濁った水の中で、静かに溺死していく魚の目。私の目は、たぶん、魚の目。

 

今年になってから、残り時間を数えるようになった。待つことが美徳か、待たないことが算段か。将来をくすぶっている本質は何処にあるのか。刻一刻と何かに疲れ、滅入る日常が、いつかの想像をあまりにも美化する。ヘアブラシに絡まった髪の毛に、まるで澱のような時間の蓄積を感じる。さらさらと流れていくようで、留まり続けている。足元が、泥水に埋もれてゆく。

 

いつから言葉を失ったのだろう。

それは何かと引き換えだったのか。

魚の目は閉じることなく、濁った水の行方を追う。

鰓呼吸が、ときどき苦しくなるのだ。

奥の洋間には、グランドピアノがあった。

父は時々、照明を落として、薄暗い部屋でウィスキーを片手にジャズを弾いていた。自分で作曲した、切ない4拍子。

幼い私は、なんとなくその部屋に入れなかった。ガラス張りのドアの向こうから、そっと父を見ていた。

 

それが私と父との最初の記憶だと思う。

時系列が曖昧だが、今となっては原風景になっている。

父はあの時どんなことを考えていたのか。

どんな気持ちだったのか。

今はもう、直接聞くことはできない。

私の中に残る後悔のひとつである。

 

晩年、周りから、私は父の愛人だと勘違いされていた。それまでの空白を埋めるように、2人だけの時間を過ごした。それでもなお時間は足りなかった。最期を看取ることができなかった私は、取り返しのつかない烙印を押されたようだった。

もっと話せばよかった。

音楽の話がしたかった。

大切な言葉はもっとあるはずだった。

何も言えなかった。

 

父のお墓に行くまで10年かかった。

それくらい、複雑な想いがあった。

今も時々、父がいないことに愕然とする時がある。もう二度と話せないことに、繰り返す絶望感。大きな存在であることに気づいたのは、後になってからだった。

だから今日も、あの曲を思い出す。

オルゴールのような甘くて愛おしいメロディーを。

 

滲む夜のラインクリシェ

ただひたむきに、やるべきことがある気がして

けど足早に、メロディーのないクリック音で

まぁそれなりに、慣れてしまったんだ

いとことなげに、何もなく装うのも

さぞ悲しげに、ここには出せない

否ほんとうは、くすぶっているのか

もう戻れない、できない自分が

ひとりで、あるいて、とまって、うつむく

 

ララ口ずさむ、あの時の小さな声は

また怖気付く、迫り来る新しいことに

ねぇ聞かせてよ、いつかの話の続きを

もし明日なら、きっと遅いと言っちゃう

この戯言が、内なる反復の残響

今この瞬間、ぞっとするような諦め

とき満ちたりし、唄の値のごとし

まもって、まよって、ふあんで、うつむく

 

きっと、どうでもよくて

されど、わりきれなくて

またも、立ち尽くして

それも、お決まりの醍醐味で

よもや、知るまいとして

いわば、あの曲のようで

いつか、何かに出会って

そうか、答えを知る