7秒のシナリオ

思わず泣きそうな日は、家を出る時に伊達メガネをかける。
すると世界はフィルターを通して私から一歩遠ざかったようで、無感覚を装える。
本当は今のうちに見ておきたいものがたくさんあって、色彩豊かな心情は胸を弾ませるけれど、いつも肝心なものはサーチライトを使っても見えていない。

サラサラと零れ落ちてしまった建設的時間は、とても美しかった。まだ見たことのないものが見えるような気さえした。 
いつの間に見失ってしまったのだろう。
どうして感情ばかりが溢れ出して、うまく整理できなくなるのだろう。
今更大切なことに気づいても、もう遅いのだろうか。
諦めるための理由はたくさん用意できる。それらを理屈っぽく並べれば、一本のシナリオになるくらいだ。
全身麻酔が7秒で奪える意識という自分と、7秒で築けるかもしれない目に見えない未来。
もしも砂時計のように残り時間が見えていたら、何か変えられただろうか。
もしも私にあと7秒あったら、何か変わっていただろうか。

次の休みには、無数の砂の中から大切にしていたはずのかけがえのない時間を捜しに行ってみようと思う。
許されるなら、成長過程の真摯な経過に時間をかけてみたい。
私の目が、器が、気づいた何かを汲み取れるように。
まだ全てが波にさらわれてしまってないことを、願いながら。
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