月の砂漠

私が想いを馳せる時、脳裏をよぎるのは何故かいつも、焦熱の砂丘だ。
旅する商人が初めて出逢ったようなスパイシーな香りと、異国の地の音楽。
夜の深間に陶酔し、乾いた砂に高揚する。
焼けた肌の下に流れる紅い生命は、揺らめく暑さの中で脈動する。

枯渇した砂は、渦を巻くように水を呑み込む。貴方の綺麗な汗も、私の涙も。
無機質なのに美しく、気づけばまた喉が乾く。
潤いを奪っては、潤いを求める。
弧を描いて、孤を際立たせる。
やがて小さな雫は、時間を重ねオアシスになる。
張りつめた水面はお互いを映す鏡になる。

言葉にならない想いは涙になる。
言葉にならない状況は白紙になる。
言葉にならない夜は静寂になる。
言葉にならない時間は靄になる。
言葉にならない痛みは麻痺してしまう。

熱を帯びた砂丘は、今もこの胸にある。
音もなく舞い上がる砂煙が、視界を白く覆い尽くす。
言葉に綴れないまま、私の胸を焦がす。
寝そべって、稜線を指でなぞる。
ざらついた感触も厭わない。そこには一粒も不純なものなどなく、穏やかな均衡と流動的な調和が保たれている。
これまでの幾多の旅人のように、私もまた歩いて行くのだろう、光と影を携えながら。どんなに砂が熱くても、もう礎はできているのかもしれない。
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