夜の唄

夕方のこと。テレビから懐かしい曲が聴こえてきた。
これは父が大好きだった曲だと突然思い出した。
遠い昔、洋間にあったボルドーのグランドピアノ。ウィスキーを片手に薄暗い間接照明の元、父は夜にピアノでこのメロディーをなぞっていた。
私は耳を澄ませて聴いていた。
とても静かな夜だった。

あの時ひっそりと感じたせつなさが蘇ってきて、私は慌てて歌詞を検索した。
涙が出てきた。
涙とともに溢れる記憶があった。
私が、何に怯えているのかわかった。

極限まで追い込まれた状況になると、私の思考回路は思いがけない方向へ働くらしい。
今どうしてこうなっているのか、自分の何に怯えているのか、何に自信がなく、何がしこりになっているのかは、記憶の奥底から思い出したくない記憶を手繰り寄せる事で、明確になった。誰にも言えなかった、家族さえ知らなかった過去。父と私だけの残酷な過去。それを思い出すのさえ怖くて封印していた事。
私の涙腺に詰まっていた石がとれたように、再び体内を何かが流れ始める感覚と脳裏に流れるメロディーが、涙とともに心の奥深くを揺蕩う。
一番大切なものに気づかなければいけなかった。
でもその為には、今の状況と過去の苦い記憶が必要だった。
両方が揃って、やっと私は真実を見る。

言葉にならない想いは曲の中に帯びた光と共に、繰り返し胸を打つ。
気づかせてくれてありがとう。
そして今の私にできることは、たったひとつなんじゃないかと思う。
どうか小さな唄が、届きます様に。
結果はどうであれ試してみるしかないのだろうし、浄化にも似た変化は、既に内側に起こり始めている気がする。
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