もしも、そんなワイナリーがあったら。

名前も知らないような森の奥に、ワイナリーがあった。
市街地から電車で45分、更に1時間に1本しかないバスで20分かかる。
そこは緑の香りが濃く、静かで平和だった。実は架空の場所だったと言われてもおかしくないくらい、完成された美しさと澄み渡った空気。
遠くまで広がる葡萄畑と、手入れされた庭。暗くてひんやりした醸造所と古いプレス機。何もかもがシンプルでありながら大切にされていた。
あのワイナリーで働く人々を、私はベンチに座ってしばらく眺めていた。彼らは金儲けや私利私欲のために働いているのではなく、単純にそこにあるものが好きで、慈しみながら育てているように見えた。自然の摂理にそっと寄り添っているような穏やかさと温かさに包まれていて、そんなに高価でなくても出来上がったワインはきっと美味しいのだろうと、なんとなくそう感じた。
立派な販売所があるが訪れる人はほとんどいなくて、いてもお年寄りばかりだった。平日だったからかもしれないが、場所と人の関係や時間の流れがぴったりと合っていたようにみえる。
そこに佇んでゆったりと時間を過ごす、それだけでとても贅沢に感じられた。私もあの景色の一部に写れたらもう言うことはない。

安全な場所で、自分について考える。
これまでのこと、これからのことについて。
悲しかったことについて、ワクワクすることについて。
愛おしいものについて、傷ついたことについて。
晴れた空と木々の中でリラックスしているせいか、そこで感じたことは「本心」であり本物であるように思う。
言葉にならない思いが溢れてきたら、それは誰に何と伝えたら良いのだろう。

もしも、そんなワイナリーがあったら。
もしも、そこの白ワインが美味しかったら。
f:id:saya34363856:20140618215534j:plain