fly firefly

バースデーソングならJUDY AND MARYのが1番好きだ。
誕生日も近いので、今日は本音を赤裸々に綴ってみようと思う。

ここ2年近く、私は自分の中にある女性性というものをできるだけ抑えてきた。
もともとあまり女性らしさがないというのもあるが、対人関係などにおいても自分を女性として意識してもらわないように、ニュートラルな立場で接するようにしてきたつもりだ。
それは過去の恋愛の失敗の理由が『私が女性だからだ』というところに根ざしているものだと思う。結局、恋愛においては自分の中の本当に柔らかい部分、女性としての部分が傷つくのであり、その柔らかい部分を隠すこと、傷つきそうになったら自分から身を引いて護ること、それくらいしか私にできることがないと思っていた。
しかも私はもともと人に身体を触られるのが非常に苦手だという変な体質で、年齢や性別に関係なく、自分が本当に心を開いている状態でないと無理である。だからマッサージや整体や、エステなどに一回も行ったことがないし、行くことができない。自分がふさぎこんでいる時には、家族にも触ってもらうことができないのだ。
そういう体質がある意味リミッターにもなっていたのかもしれないが、私の中で男性との肉体的関係は、あくまで精神的関係の先にあってほしいと思っている。
だから身体だけ求められてしまうのは、内面を見てもらえていない気がして、すごく不本意で怖くなる。

恋愛の失敗を何回も重ねると、巡り巡って究極のプラトニックに戻る気がする。
だから好きな人ができてもとことん精神的繋がりを求めてしまうだろうし、恋愛関係に発展するのを恐れる傾向もある。
このまま友達でいれば、一生失うことはないかもしれない。けれど恋愛関係になると、これまで気にならなかったことが気になってきたり、干渉や不安のタネが増えてしまう。友達であれば増やすことができるけれど、恋人として一生その関係を維持できるのはたいてい1人だ。その1人以外とは、いつか別れが来てしまう。彼はその1/6000000000だろうか。私は彼にとって1/6000000000だろうか。

誕生日のプレゼントにもしも願いが叶うのなら、好きな人とただ時間を気にせず、お互いのことを本音で語り合いたい。内面を知ってもらえたらそれで満足だ。
けれど、もしも精神的繋がりができてしまったらその先を期待してしまうし、もしも肉体的関係に発展してしまったら、私は本来男性が持ち合わせている性的本能に押し潰されてしまうだろう。私の女性らしさの部分は、とても弱くて臆病で恥ずかしがり屋なのだと思う。
でも本当は素敵な恋愛がしたかったのだ。過去の繰り返しではなくそこから学んだことを生かしたら、新しいカタチが築けるのではないかと、素敵な関係を作っていけるのではないかと夢見ていたんだ。お互いに応援し合えるような関係を。
けれどそれは友達同士だってできるわけで、そばで見ていたいと思えるような特別感を感じなければ、それ以上距離は縮まらないのだ。様々な煩わしさを伴っても近づきたいと思えるだけの引力がなければ、それ以上には発展しない。
だからきっと叶わないし、きっとそれでいいんだ。

と、珍しく乙女みたいなことを書いてみた。
私は変人だし普段女っぽくないので、こんな内面をさらけ出すのは批難されそうで怖いから、いつも隠していた。
そんなキャラじゃないだろって言われそうで。 
女性としての魅力なんてないだろう、と笑われてしまいそうで。
自分のことが嫌いだった。
見た目も中身も、女性であることも嫌いだった。
いつも平気なフリしていた。
いろいろな誤解やすれ違いもあった。
自分を装っていた。
いろいろ経験しすぎて、もう裸足にはなれないと思っていた。
けれど去年の誕生日と比べたら、今の自分は確実に違う位置にいるということが自覚できる。



だから…………。
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