雨の夜は、何かに守られているような気持ちになる。

自分はどう見られてるか。
どう見られていると思ってるか。
自分はどう思ってるのか。

これら3つは全て違うと思っている。
例えばAは、自分では適当で大雑把な性格だと思っている。そして周りの友人や家族、同僚などからは「Aは明るくて悩みのない人間だ」と思われていると思っている。しかし実際にAの周りの人たちは、Aのことを一緒にいて居心地がいい人だと思っている。
この3方面からの視点が全て一致するということはなかなかないだろう。
それだけ自分も周りも、人を色眼鏡で見ていたりするものだ。
自分でも自分のことがわからないときもある。
このブログでは、家族構成や居住地や、年齢などというデータは出していないが、自分に素直になって書いているつもりだ。
この文体から、内容から、私の個性というものは滲み出ているのか。もしそれが表れているのなら、それはどんな人間なのだろう。
ある意味丸裸で書いているこの文章から受ける印象はどんなものだろう。残念ながら、自分自身でそれを客観的に分析してみたとしても、他者からのそれと一致しているかはわからない。

最近読んだある本に、「残り7日間の命だったらやりたいことを思い浮かべてみる」という文が書いてあった。それは多分、緻密に計画を練るのではなく、大雑把でいいからやりたいことを、思いついた順にあげて行くのだと思う。
それは7日間でひとつのことでもいいし、一日ひとつずつ、全部で7つのやりたいことをあげて行くでもいいだろう。
家族と過ごす、勇気が出なくてやらなかったことをやってみる、後悔していることを整理する、などなど。
そしてその答えは、本来自分が人生を通してやりたいこと、に繋がっていくらしい。
私にもいくつか、パッと思いついたことがあった。
それらを人生を通してやっていくべきなのかはわからないが、私にとってはとても意味のあることなのかもしれない。

それとは別だけれど、生きている間になれるのなら、優しい人間になりたい。
多くの人の平和と幸せを心から願えるような。傷ついたことも、叶わなかったことも、心穏やかに受け入れられるような。
雨の夜は、何かに守られているような気持ちになる。
水のベールが私を包んで、隠してくれるような気がするのだ。
だから少しだけ、本音を言えるのかもしれない。