線香花火

iPhoneが壊れた。
データが消えた。
からっぽのそれをバッグに入れて乗った銀座線、ささやかな喪失感と、少しの自由の間で揺れていた。
冷えきった地下鉄の中。
近付いたと思ったらまたすぐ離れてしまうように。
瞬きをして、また捜すように。

夏の足音が聞こえていた。
丸ごと冷やしたスイカ。
反射するプール。
小さな線香花火。
いつかの貴方と私は、違う場所に居た。
他の人と笑っていた。
過去とは連絡がとれない。
けれど重なっていく記憶と記録に、いつの間にか色が添えられる。
居場所も拠り所も行き場も違ったそれぞれの夏は、異なる色を纏って今も胸の中に揺蕩っている。
私はその心の中に、いつまでも残るだろうか。
来年の今頃には、何色に染まっているのだろう。
消えてしまった写真の中のような、甘くてせつない色なのかもしれない。

iPhoneは直った。
データはあらかた復元できた。
電源を入れたら溜まっていた着信とメールに、ささやかな安心感と、少しの落胆の間で揺れる。
蒸し暑い虎ノ門の交差点。
一瞬だけ見えたと思ったらまたすぐ見えなくなる背中のように。
瞬きをして、また捜すように。